西欧には缶コーヒーが存在しないらしい。
それは、街の至るところにカフェがあり、わざわざ缶で飲む必要性がないということを耳にしたことがある。
缶コーヒーは日本の文化といえるかもしれない。
確かに、日本では喫茶店は数あれど、ソフトな感じのカフェというものはあまり見かけることはない。
そんな日本ではあまり見かけないカフェで、冷めかけたコーヒーをすすっていた。
咲耶「にが……。」
人前ならば、少し見栄をはって、コーヒーを無理に飲んでいるというころだが、
こうして一人で味わってみると、そんなに美味しいものではないことがわかる。
咲耶「我ながら、意味のないことをしているものね……。」
自嘲にもならない溜め息をつく。
どうにもやるせない気分では、他にすることも見つけられなかった。
可憐「♪サムライガンマン! 斬 ザ・ザーン!
サムライガンマン! 斬 ザ・ザーン!」
そんな雑音がどこからか聞こえてきて、今までのセンチメンタルな感傷は吹き飛んでしまった。
咲耶はとりあえず、機嫌が悪そうに、そのオブジェの方向に目をやった。
同じ姉妹の可憐である。
いつもの頭にアンテナをつけた電波以外に違うことをいえば、
隣に見知った顔があるということだった。
むつき「こんにちは、咲耶さん。」
可憐 「ブエノス・ディアス・セニョリータ!」 (元気ですか?このへちゃむくれ!)
とりあえず、可憐には目をあわさず、むつきだけに挨拶を返した。
可憐「どうしたんですか、咲耶ちゃん。そんなアンニュイそうな顔して。 国立アンニュイ学園?」
そんなハプスブルク家の血を引く江戸っ子は知らないとばかりに、
面倒臭そうな溜め息を返した。
ガチャン
咲耶「…別に何でもないわよ。」
残りのコーヒーを一気に飲み干し、少し強めにカップを置いた。
むつき「あ、あの…何か悩み事があれば、教師として相談に乗ってあげられますが……。」
彼女の機嫌を損なわないように、できるだけ気を使ったのだが、
それでも彼女は理由を話す気になれなかった。
可憐「そうですよ。悩み事なんて、おてんと様にさらけだして、日干しにしちゃえばいいんですよ。プッ」
咲耶「その腐れ顔を引っ込めてくれれば、話してあげないこともないわよ。」
ガサッ
音がしたかと思うと、可憐の頭に茶色の紙袋が被せられていた。
むつき「言われたとおりに引っ込めましたので、どうか理由を話してくれませんか?」
買い物袋の中から、なにやら抗議がきこえるが、とりあえず無視しておいた。
そこまで自分を心配してくれるのなら、別に話しても問題はないと思った。
可憐「♪犬が西向きゃ、私はブラックホール。」
いつの間にか目の部分に穴を空け、遊んでいる可憐をよそに、咲耶は語り始めた。
咲耶「じゃあ先生、ちょっと聞いてくれますか? こんなこと、あまり先生に言うことじゃないけど。
この間、お兄様と一緒に下校していたんです。そしたら、いきなりお兄様に女が近づいてきたんです。
で、何かと思ったら、その女、こともあろうに、お兄様に手紙を渡したんです。
もうね、アホかとバカかと。
あの女…私のお兄様に気安く手紙なんか渡してるんじゃないわよ。
きっとあれ、ラブレターよ、ラブレター。 なんかお兄様もびっくりしちゃってるし。
『あの!良かったら、これ読んでください!』 なんて言ってるの。もう見てられない。
あんたね、そういうのは、私が居ないときに渡しなさい。
お兄様はね、私としか釣り合わないんだから。
喫茶店のテーブルの向かいに座ったお兄様と、いつラブが始まってもおかしくない、
愛するか、愛されるか、そんな雰囲気がいいんじゃないの。 外野はすっこんでなさい。
で、やっと去ったと思ったら、その女が、
『キャー、渡しちゃったー!』
『あんたも物好きねー。』
『あの人って、極度のシスコンで有名じゃなかったっけ?』
『でも、カッコいいから付き合ってみたいんだもん。』
とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れよ。
あのね、カッコいいから付き合うなんて、きょうび流行らないのよ。
得意げな顔して、何が『付き合ってみたいんだもん』よ。
あんたは本当にお兄様と付き合いたいのかと、問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
あんた顔だけで選んでるじゃないかと。
お兄様ラブの私から言わせてもらえば、私とお兄様との間でのデートコースはやっぱり、
夜の公園、これね。
夜の公園ってのは、物音もしない静寂の場。そのかわり、お兄様と二人っきり。
で、そこで私は愛の言葉を紡ぐ。 これ最強。
しかし、現場を他の妹に見られると、次からみんなにマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
ライバルがいる人にはお薦め出来ない。
まあ、あの女は、そこら辺の男でも食ってなさいってことよ。」
むつき「は…はぁ、そうなんですか…。」
国語の教師として、日本語の間違いを指摘したいところだったが、
彼女の剣幕に押され、何も言えなかった。
びしぃ
可憐「弱音を吐くなぁーー!!」
突然、怪しい袋頭は、咲耶のほおに指を突き指し、高々とさけんでいた。
咲耶「痛いんだけど…」
可憐「話はすべて聞かせてもらいました。」
咲耶「指どけて…」
可憐「今の咲耶ちゃんでは、奴らに勝てません。」
咲耶「音量下げて…」
可憐「特訓ですッ!!」
咲耶「勝つとか、負けるとかじゃないんだけど…」
可憐「だから、弱音を吐くなっつーの!!」
咲耶「テーブルの上に立つんじゃないわよ…」
可憐「目には目を!」
咲耶「紙袋とりなさいよ…」
可憐「吉野家コピペには、いい男のコピペを!」
咲耶「目立ちすぎよ…」
可憐「奴らのコピペネタに対するテクニックを!
教える!叩き込む!力いっぱい特訓です!!」
咲耶 炎の特訓
可憐「よく耐えましたね、咲耶ちゃん…。」
咲耶「速いわね……6行よ。」
可憐「咲耶ちゃんに教えることは、もう何もありません。」
咲耶「つか、何もしてないわよ。」
可憐「これを…」
咲耶「これを咲耶ちゃんに授けましょう。きっとピンチの時に役立つはずです。
とか、言うんじゃないでしょうね。」
可憐「まぁ、そんなところです。」
咲耶「ところで、これは何よ。」
手渡されたのは、一枚のチラシだった。
可憐「それが咲耶ちゃんにフォースを与えてくれます。
それじゃあ、ハバナイスデイ!」
その言葉を残し、変態袋頭はいずこへと去っていった。
残されたのは、良識人2名。
むつき「え…え〜と……。」
もはや状況についていけないむつきだったが、
咲耶が手にしているチラシを見て、何かに気づいたようだった。
むつき「あ、これって…。」
言われて咲耶は、改めてチラシを見た。
赤と白しか使っていない、簡素な広告チラシで、
デザインから美容院のものだとわかった。
むつき「この美容院って、確か最近できたお店で、
『愛と出逢うメイクします』っていう宣伝文句があったような…。」
咲耶「愛と出逢う…?」
むつき「いつもと違ったオシャレをすれば、気分が変わるという意味ではないですか?
人から好かれるとか、嫌われるというのは、ほんの微妙な気の持ち方だと思います。
一度行ってみてはどうですか?」
咲耶「……………」
正直うさんくさいとは思っていたが、むつきの好意でもあることだし、
その美容院に行ってみることにした。
むつきと別れた後、咲耶はその美容院を探していた。
住所はさっきの場所からそう遠くはないのだが、何故か、店の名前がどこにも書いていなかったのだ。
何かイヤな予感を覚えつつ、街の一角まで歩いてきた。
5分ほど歩いたところで、小さな看板が立っている建物を見つけた。
ビルの間に挟まっている、こじんまりとした店で、外から見ただけでは美容院だとは分からない建物だった。
その看板にはこう書かれていた。
『愛と出逢うメイクいたします』
咲耶(間違いないわね…ここが…)
少し躊躇はしていたが、ここまで来たからには、入ってみようと決心した。
ガチャン
咲耶が店に入ろうとドアに近づいた瞬間、
突然ドアが開かれ、何者かが飛び出してきた。
「セックシィィ ダイナマイッ!!」
「見てて溜め息をつくほど繊細な物腰!!
異様なまでにカットアップされ、際立ちまくるセパレーション!!
バービー人形のような肢体!!
世界征服を狙う無敵の天才的頭脳!!
美の女神の作りたまいし、銀河の至宝ッ!!
私の名は、未来の征服者『十隠 カンナ』!!
愚民のみなさん、好きなだけあがめるがいいですわ!!
オーホホホホホホホ!!」
カンナ「鏡よ鏡よ鏡さんン!!!!!!
この世で最も美しいのはだぁ〜れッ!?」
手鏡 「ソレハカンナチャン、アナタサマデゴザイマス!!」
カンナ「そのとおォり!!」
くるりん(はあと)
カンナ「賢く!!気高く!!
神々しきまでに美しいッ!!マイガッ!!」
ふらあ
カンナ「ウウッ。」
ドサッ
カンナ「う…美しすぎるマイバディに見とれて、ついあっち側に行っていましましたわ。
美しさは罪!!」
『ヘイル・トゥ・カンナちゃん』
作詞・作曲 未来の征服者 カンナ
♪ラララ〜〜ルラ
ラ〜〜ラララ
カンナ ルルラリラ
※美術館で愛しのカレとバッタリ(はあと)
GOッ FIGHTッ!!
ルルリラ カンナハピネス
(ソロ=カイ・ハンセン)
※2回くり返し
カンナ「美しいのは罪ですが、醜いのはもっと罪。
そんな方は、ミミズ風呂に肩までつかって、百かぞえた後に死刑!」
一人くるくると回りながら踊る人影は、一通り叫んだ後、彼方へと去って行った。
嵐のような出来事に驚くヒマもなく、ただ呆然とそのやりとりを見ていたが、
一つだけ理解したことがあった。
(ここはヤバイ。)
咲耶の足は自然と家へと向かっていった。
翌日、
外は快晴で、目覚めも悪くはなかった。
ただ気分は昨日と同じままで、あまり晴れ晴れとしてはいなかった。
気分が晴れないときは、必ず外出と決めているのだが、特に目的地があるわけでもなかった。
それでも外に出るということは、相当気分が滅入っていることだと自分でもわかっていた。
そして――
昨日の美容院の前に咲耶は立っていた。
人外魔境が出てきたとはいえ、やはり愛と出逢うメイクというものが気になって仕方がなかった。
時間が解決してくれないのなら、自らが解決する。
そう決意し、未知なるドアの向こうへ歩みよった。
ガチャン
ふみつき「きゃー!なんて幸せッ!なんて幸せなのッ!こんなうれしい事って初めて!
仁歳くんが、この私とデートしてくれるなんてッ!
ありがとう先生。本当にありがとう。」
デジャブ。
一人くるくると回りながら踊る人影は、一通り叫んだ後、彼方へと去って行った。
全く同じものを昨日見たような気がしてならなかったが、
今日引いても、また同じことを繰り返すだけなので、勇気を出して中に入ろうとした。
「マルチな堀江声より、メガネの委員長…………
…の方がましってことだね……『女の青春』は……」
空いたドアの向こうから女性の声がした。
聞きなれた声だった。
十数年も一緒にいるわけだから、聞きなれているはずだった。
咲耶「意味がわからないわよ、千影ちゃん。」
千影はフフ…と軽く笑うと、咲耶を店の中へと招き入れた。
千影「入るといい……『愛と出逢うメイクいたします』……その看板は真実……興味を持つならば……。」
咲耶は言われるままに中へと入っていった。
中は別に凝った内装でもなく、普通の美容院と遜色違わなかった。
あえて違うところを挙げるとすれば、美容院には大抵ある賞状などが飾っていないだけだった。
咲耶「美容院ってフツー、証書とか貼ってあるものじゃないの?」
千影「フフ……私は紙切れで評価される人間ではないのでね……
あくまで実力のみ……それが証明さ……。」
咲耶「それって、無免許ってことじゃあ……。」
最初から信用などしていなかったのだが、ここにきて一気に不安になってきた。
千影「さて……これがここで取り扱っている美容の種類さ……。」
咲耶は手渡された料金表を見てみた。
○愛と出逢えるメイク | ¥1000 |
○メンズビームを撃てるメイク | ¥1500 |
○破魔・呪殺無効になるメイク | h2000 |
○堀江声から、長崎みなみ声に変わるメイク | ¥3000 |
○背景に『ドドドドドド』と出せるメイク | ¥5000 |
○スーパー・ウルトラ・セクシィ・ヒーローになれるメイク | ¥7000 |